福建会館に関する質問
マレーシア旅行
明日(2月26日)からクアラルンプールに行きます。フリーは1日間だけなのですが、オススメの場所やレストランがあったら紹介してください。海外経験はソコソコあるのですがマレーシアは全く知らない土地なので、何が見どころなのか全然見当がつき
日本の少林寺拳法
少林寺拳法の道場は日本にたくさんありますが、あれらは、正当な少林寺拳法を教えているのでしょうか。もしそうでないのなら、どういったものを教えているのでしょう。また、中国には、いろいろな拳法がありますが、代表
福建会館旅行記
九州・山陰旅行(3日目:新地中華街・唐人屋敷編)(by 離島民さん)
出島を見学後、再び市電に一駅だけ乗って築町で下車。先日の横浜中華街に続いて、長崎新地中華街へ。
街を一回りして、長崎ちゃんぽんを食べて早めの昼食を。すぐ向かいの店で角煮まんとぶたまんのセットが売っていたので購入。でもさすがに食べたばかりだったので、後で食べることに。
食後は歩いて唐人屋敷跡を散策。当時の名残はかなり少なく、土神堂、福建会館、天后堂、観音堂などが改修されたり、再建された形で残っていた。
まあ、天后堂などは香港でよく見るので別に僕にとっては珍しいものではなかったけど、日本で見ているのはちょっと不思議な感じがした。
その他、昔唐人屋敷を取り囲んでいた堀の跡を見たり、居留地との境界の碑を見たりして見学終了。
そのまま歩いてオランダ坂へ。
長崎の春節祭の匂いを楽しむ(by kakusanさん)
1月27日、28日の両日にランタンフェスティバルを撮りに行った。縁結びの「月下老人」は若い人で、運命の二人の足首を赤い糸で結ぶのを信じて良縁を求める願をしていた。唐人屋敷は往時の面影を残している。長崎独特の饅頭類は多彩だ。中国雑技を1時間ほど鑑賞した。観光客で一杯だった。天気はよく暖かいのでゆっくり堪能した。京劇の仮面劇は戦いの時に相手を威嚇するための仮面から由来しているそうです。一瞬に変るのは国家秘密になるぐらいの技術となっていると説明をしていた。今回はじめて長崎のランタンに出場となった。唐人屋敷の歴史は、1639年、外国貿易は中国とオランダの2国のみとなり、貿易のために来航したオランダ人は出島に住まわせられ、唐人たちは散在していた。1689年、密貿易とキリスト教伝播の恐れから、唐人屋敷を建設し、出入りが制限された。約2千人の唐人が生活したと言われている。1868年に解体され179年の歴史を閉じた。土神堂は唐人屋敷に滞在していた船主たちの願いにより、一番最初に建てられたお堂である。長崎のお墓には、墓石の横に土神と書かれた小さな石碑が建っている。中国の土神信仰の慣わしが長崎の風習として根付いたもの。観音堂は福建の唐船主によって建てられた。右側に観世音菩薩が左側に商売繁盛の神である関帝がまつられている。関帝は三国志の関羽が神格化された。天后堂は海の女神、ま祖さまを祭るため、南京地方の唐船主たちによって建立されたお堂。福建会館天后堂は福建省の貿易商たちの会所として建てられた。
【旅行時期】2009/01/27~2009/01/28
【エリア】
長崎
【テーマ】
【投稿者】
kakusan
ホイアンの福建会館(by hn11さん)
旧市街地から通りを挟んだ並びにあった。
道に面したところは狭く感じるが、奥の方は広くなっている。
「初・ベトナムinダナン」⑧ 魅惑のホイアン観光 その2・編(by D&Tさん)
ホイアン観光前半のその1では、
「福建会館」→「貿易陶磁博物館」→「タンキーハウス」を、
楽ちん♪快適♪ベトナム名物「シクロ」に乗車し、それぞれshiroさんのありがた~い解説付きで見学してきました。
ただ見て回るだけでは、知り得ない、ホイアンの様々な歴史、
文化などを教えていただき、とーーーっても勉強になりました。
やっぱり解説があると、自分たちだけで観光するのとは、「モノの見方」も違ってくるよなぁ~と思いました。そのモノの背景を
知った上で見学すると、不思議と記憶にしっかりと残ります。
そして、なんと言ってもshiroさんの解説は、とっても分かりやすいです!!歴史・文化に触れる旅に疎遠なD&Tですら、「ふむふむ、なるほど~」と納得できるようにお話してくれました。
「魅惑のホイアン観光」後半の?2では、引き続き古都ホイアン
の観光名所「来遠橋(日本橋)」から「ホイアン民族資料館」
「ホイアン手工芸センター」「ホイアン市場」を巡ります。
表紙の写真:ホイアン市場のお花たち。ベトナムってなんだか
菊科のお花が多いような~(^^ゞ
福建会館関連エントリー
長崎観光ツアー(ランタンフェスティバル)中編。
... を4本もらって会場内にある「土神堂」「天后堂」「観音堂」「福建会館天后堂」の四ヶ所を巡りそれぞれの場所に1本ずつ蝋燭をともして祈ると願いが ... 各ポイントを回り、3ヶ所目の観音堂から福建会館天后堂へ向かおうとしていた時… 「おい」 …?? 「おい ...

長崎 唐人屋敷
... 福建会館でござるね。 明治元年に福建省泉州出身者によって創設された旧ハビン会所だそうでござる。 媽姐(まそ)神を祀る唐寺で,明治30年に改装され,「福建会館」と改称されたのでござる。 どうも,本館の建物は原爆で倒壊したそうで,正門と天后堂 ...

長崎燈曾
... 唐人屋敷跡界隈でも「ロウソク祈願四堂巡り」なる イベント が開催しており早速参加w 土神堂~天后堂~観音堂~福建会館天后堂と廻るのだが凄い人(汗 堂内では赤いロウソクが煌々と燃える情緒溢れる雰囲気。 ...

長崎の古写真考 目録番号: 50 館内から出島を望む
... ちょうど福建会館の屋根が真正面に見える。脇に「唐人屋敷ご案内」の位置図があり、「土神堂」は、「福建会館」の右奥である。 見通しが良いので、この位置に説明板を設置したと思われるが、「土神堂」を解説や説明文の位置とすると、稲佐山は写らない。 ...

長崎の古写真考 目録番号:5306 小島養生所と長崎市街地(1 ...
... 一際大きな屋根は福建会館の屋根である。(104-20)の写真と比べると、火災の跡が見られるので、明治3年(1870)ここが全焼した後のものある。 ... ここなら唐人屋敷内の「福建会館」の屋根が、同じような構図で現在でも確認できる。 ...
